禅定で自分を見つめる(その5)「発展は反省と同じ?」
先回に引き続き、Eさんとの問答を続けます。
先回は、反省は一種の物理学的法則を担っていることを学びました。じゃ、発展はどうなのか。今回は、発展についての議論が続きます。
以下は、Eさんとの会話の内容です。
【Eさん】 先回は、反省とは単に道徳的な教えだけでなく、タイムマシーンのように、一種の物理学的法則をも担っていることを教えていただきました。 それでね、ずっと心の中に異次元空間ができることを考えていましたら、何か、この世とあの世の世界に同時に生きているようで、何か不思議な感じがするのです。
【お助けマン】 反省が習慣化してきた証拠でしょうね。Eさんも段々と霊的になって来られたのかも知れませんね。
【Eさん】 それで、反省とは、時間を過去に戻してもう一度やり直しができるということでしたよね。
【お助けマン】 そうです。やり直しをすると、そのシーンが修正されるということです。
【Eさん】 それはすごいことですよね。現在、自分がここに居ながらにして過去の言葉や行動をやり直せるのですから、これはもうSFかと思ってしまいますよ。
【お助けマン】 いいえ、SFではありません。これが真実なのです。
【Eさん】 それで、そのあともまたずっと考えていたのですが、 心の世界の中でタイムマシーンのように過去に行けるなら、未来にも行けるはずだと・・・。
【お助けマン】 Eさんもそれに気づかれましたか。 実は、心の中の異次元空間の世界では時間は自由自在なのです。 ですから、過去に行けるなら未来にも行けるのは当然のことだと思いますよ。
【Eさん】 やはり、そうだったのですね。未来にも行けるのですね。
じゃ、過去に行ってやり直しをすることを「反省」というなら、未来に行くことは何と言うのでしょうか?
【お助けマン】 それは、未来がこのようになって欲しいと念じることだし、これは反省から瞑想だし、祈ることに似ているでしょうね。 ですから、「発展」ということかも知れません。
【Eさん】 えっ! 「発展」ですか。
そうすると、「反省」とは時間を過去に戻して、もう一度やり直しをすることだし、 「発展」とは、時間を未来に進めてこうなって欲しいと思うことになると・・・。 ということは、時間を軸にして両者は結ばれるということですか?
【お助けマン】 そうだと思いますよ。ですから反省と発展は、まったく逆のものと思っている人もいるかと思いますが、 設定する時間を過去にするか未来にするかだけの違いかも知れません。
【Eさん】 えっ! それはすごいことですよ。
【お助けマン】 そうです。そして、両者に共通していることは、 両者とも心の中に異次元空間ができていることだと私は思っています。 反省については、反省が習慣化されることで心の中に異次元空間が作られ、 その中で過去をありありと思い出してその場面を再現をし、 そして、やり直しすることであると述べました。
【Eさん】 そうだったですね。でも、私の場合、当初はその場面が出て来たり消えたりして、 なかなか定まらなかったのです。
【お助けマン】 そこがポイントです。いかにその場面をありありと思い出し固定化させられるか、 実はここが難しいのです。なぜなら、それは、心のコントロールとも関連しているからです。 そして、それが反省を実効化あらしめるポイントかも知れません。
また、反省が終わったかどうかの判別は、その場面を再度思い出して、もし気にならないようになっていれば、 反省が終わったと思っていいのではないでしょうか。
【Eさん】 ああ、本当にそのとおりだと思います。
私も昔、私の友達にひどいことをしたのでその場面を反省をしたのですが、 その後、同じ場面を思い出したときに、まだ申し訳ない気持ちが残っていました。 これは、まだ反省が完済していなかったということでしょうか。
【お助けマン】 そうだと思います。本当に反省が済んでいたならば、再度、 その場面を思い出しても気にならないものです。 もし、まだ気になるということならば、その反省が終わっていないということだと思います。
【Eさん】 なるほど分りました。反省が終わったかどうか、そのようにして判断をすればいいのですね。 よく分りました。ところで、未来についてはどうなのですか?
【お助けマン】 はい、過去の反省がそうであるならば、未来の出来事に対しても、私は同じと思います。 つまり、昔から「つぶやく者の恋は成就しない」 (参考 『繁栄の法則』 第4章)とよく言われるように、ものごとの成就を願っていながら、 それに対して否定的なことを言ったり、あるいは、 ボソボソとつぶやく程度のものではだめだということと思います。
【Eさん】 反省と同じように、ありありとイメージしないといけないということですね。
【お助けマン】 そうです。反省では、過去の出来事をありありと、 しかも、その場面を持続させてイメージできることが大事であったように、未来の「発展」においても、 それが成就している有り様をありありとイメージできることが大事なのです。
さらに、ありありとイメージできるだけでなく、そうあらねばならないというぐらいに、 そのシーンを強くイメージできないといけないのです。 実は、これが「発展」のポイントであり、「成功の法則」でもあると思います。
【Eさん】 分りました。私は、表面意識ではこうなって欲しいと思っていても、 ついついだめではないかと思ったり、その成就しているシーンを強くイメージできないことがあります。
【お助けマン】 そこが、一番大事なのです。 時間を未来に進めて、まだ来ない未来の姿を、あたかもすでに成就しているかのようにありありと、 しかも、強くイメージすることによって、実は異次元世界で出来上がるのです。 そして、その異次元世界で出来上がった姿が、この現実世界に現れて来ます。
ですから、これは反省とある意味で同じです。 ただ、時間が過去か未来かの違いであって、異次元世界でどのように思うかという意味では同じといえます。 要は、両者に共通していることとして、異次元世界において実現している度合いが、 この世の世界の実現性をも決めるのではないかと言うことです。ですから、これは「反省」と言うよりも「瞑想」と言っていいかと思います。
【Eさん】 いやー、すごいことを聞きました。 その意味では、発展も、物理学的法則を担っているということでしょうね。 「未来は創れる」ということが単にお題目ではなく、科学的に真実であることが分ったように思います。 今日も本当にありがとうございました。それでは、これにて失礼いたします。
と、言ってEさんは帰られました。
お助けマンは、先回、反省が物理学的法則を担っているものであることの解説をしましたが、 反省が瞑想となって、発展となっていくとは驚きです。確かに、異次元空間では時間をコントロールすることができるので、 そのとおりだと思います。
まだまだ問答は続きます。次回の問答も楽しみです。
主エル・カンターレに感謝。
(終わり)