人はなぜ一つのことしか出来なくなるのか

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幸福の科学 真理問答

2014/05/25 毎週日曜日発行 

人はなぜ一つのことしか出来なくなるのか

 先週に続いてEさんが来られました。 Eさんは、 先週、「『ピータの法則』と次元構造との類似性について」聞きに来られた方です。
以下は、Eさんとの会話の内容です。

【Eさん】 先週は、突然、「ピータの法則」についてお聞きして失礼いたしました。
お蔭さまで多次元構造の世界との関連が何となく分って参りました。
 
【お助けマン】 それは良かったです。先回、私が言いたかったことは、 次元が違えば全く世界が変わってしまうということを言いたかったのです。
 例えば、この世の三次元世界からあの世の四次元以降の世界を見れば、 まったく触れ合うことも見聞きすることすらできない世界ですが、 次元が異なればこれほどの違いがあるということを言いたかったわけです。
 ところで、今日はどういった用件で来られたのでしょうか?

【Eさん】 はい、今日来させて頂いたのは、 先週の質問の続きになるかも知れませんが、 人は、どうして一つのことしか出来ない傾向があるのか、それを知りたくてやってきたのです。

【お助けマン】 うーん、どうも質問がぼーっとしているようなので、 もう少し具体的に言ってもらうとありがたいのですが・・・。

【Eさん】 はい、具体的に申しますと、私は今、 救世運動に参加しその活動を行っていますが、その救世運動の活動についての質問なのです。
 実は、その救世運動の種類には多くがありますが、 私は、いつも一つのことしかできないのです。 それが歯がゆくて・・・・。

【お助けマン】 なるほど、しかしながら、いくつも実践することは難しいことですよね。
 
【Eさん】 でも、出来る人もおられるのです。 逆に支部長やリーダであっても出来ない人もいるのです。 ですから、その理由を知りたくてやって来たということなのです。

【お助けマン】 分りました。 救世運動は本当に多岐にわたりますので、 同時に伝道や献本やお誘いなどをするのは難しいことですね。 ですから、どうしても自分の関心のある活動や、得意な活動に片寄ってしまいがちですね。

【Eさん】 はい、そうなのです。 それで、リーダもその傾向にあるらしく、あるときには、 もうこれだけという感じで、他の活動も重要なはずなのに「これだけでいい」というようになってしまうのです。

【お助けマン】 まあ、それはその時点での方針がそうなっていることもあるのかも知れませんね。

【Eさん】 でも、それではあとで困るのではないかと思っていつも気にはしているのです。 だって、それぞれの活動は互いに関連しあっているはずなので、 たとえ一時ではあっても、これだけでいいとはならないのではないかと思うのです。

【お助けマン】 そうですか。質問の意味が分りました。 でも、この問題は救世運動だけのことではなく、企業における仕事についても同じことが言えると思いますよ。
 例えば、社長が売上が大事だと言ったら、社員全員が売上向上ばかりに専念して製造がおろそかになり、 納期遅れや品質悪化を招いてしまったとか、 あるいは、社長が品質が大事だと言ったら、今度は材料にいいものを使い過ぎコスト高を招いて収益を悪化させてしまったとか、 まぁ、人はどうしても一つ以上のことに対して気配りをしたり、あるいは実践することが苦手なのです。

【Eさん】 そうなのです。 それでは、いつも一つのことだけで終わってしまうようで、何とかしたいのです。
 それで、まずお聞きしたいのですが、なぜこのような仕事の仕方になるのか、 その理由は一体何なのでしょうか?

【お助けマン】 そうですね、色々と理由があると思います。 仕事に対する経験不足とか、あるいは、仕事を行う上での熱意不足ということもあるでしょう。
 しかし、一番問題なのでは、「認識力不足」ではないかと思うのです。

【Eさん】 認識力不足? それだけでは分りません。 もっと分りやすく説明していただけないでしょうか?

【お助けマン】 ごめん、ごめん。認識力不足だけでは答えになっていませんよね。
 つまり、作業する人の視点が一点にしかないということが問題だと思います。

【Eさん】 えっ、視点が一点にしかないとはどういうことですか。

【お助けマン】 はい、もちろん、自分がある時間の瞬間にできる仕事は一つしかありませんので、 その時点だけを取れば視点が一つしかないのは当然のことといえます。 しかしながら、時間は過去から現在、そして、未来へと流れていきますし、 また、同じ時間で見たとしても、他の人はまた別の仕事を並行して行っています。 ですから、そう言った状況の中で、現在だけのことや自分の仕事だけのこと以外に 自分の仕事が今後どのようになっていくかという他の時点のことや、 他の人が自分と同時に行っている仕事が見えるかどうかということなのです。

【Eさん】 えー、分りません。 他の時点や他の仕事が見えるとは具体的にどういうことを言うのですか?

【お助けマン】 先ほど、時間の流れのことを言いました。 そして、同時に他の人も別の仕事をしていることを言いました。
 つまり、仕事というものは、「時間的」にも「空間的」にも関連し合って存在してしているということなのです。 その関連性が分らないと、時間の変化にまったく関係なく、また、 他の仕事の存在に関係なく、ただただ今の自分の仕事をし続けることになるということなのです。 そのことが、実は認識力によって分るということなのです。

【Eさん】 そうなんだ! 今行っている自分の仕事の時間の流れが分らなかったり、 他の仕事との関連が分らないと、ただ、一つのことをロボットのようにやり続けるということなんだ!

【お助けマン】 そうです。そのとおりです。
 ですから、今自分が行っている仕事を、離れた場所から眺めるように、時間の流れでその変化のありさまを見たり、 あるいは、多くの仕事があるなかで、自分の仕事がどのような位置づけにあるのか、それを知ることが大事なのです。 そして、これが分らなければ、地を這うアリのように目先のものしか見えないということになるのです。

【Eさん】 なるほど、時間と空間ですか。 これはかなり哲学的になってきましたね。 でも、「認識力」が「悟り」と同じと考えるならば、分るような気がします。 先回、仕事能力と悟りは同じと伺いましたので、この両者はやはり不可分の関係にあるということなのですね。 今日は時間がないので、これで帰りますが、来週、さらにこの続きを詳しく教えて下さい。 それでは、また来週にお伺いいたしますので、よろしくお願いいたします。

 と、言ってEさんは帰られました。
 お助けマンは、仕事が一つしかできない理由の一つとして「認識力不足」をあげていました。 そして、その認識力とは時間的、空間的観点から仕事を理解する能力でもあることを述べていました。 これに関する問答は、1回ではとても終わりそうにはありませんので、 何回かに分けてシリーズで問答をしていただきたいと思います。 来週は、「時間的観点からの仕事を見る」その1「縁起で仕事を見る」で問答を続けて頂きます。

 では、次回の問答にご期待ください。
 主エル・カンターレに感謝。

(終わり)
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