政治に「信仰」と「悟り」を取り戻そう(2)

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幸福の科学 真理問答

2012/12/04  

政治に「信仰」と「悟り」を取り戻そう(その2)

入会間もないEさんが、先々回、北朝鮮のミサイル発射に対する政府の対応が甘いことを嘆いておられましたが、 心配されていたとおり北朝鮮がミサイル発射の通告をしてきました。改めてEさんのカンの鋭さに感心させられました。
以下は、先回の続きのEさんとの会話の内容です。

【Eさん】 先回は、政治に「信仰」を取り戻そうということを分りやすく説明していただきありがとうございました。 本日は、政治に「悟り」を取り戻そうということで、なぜ政治「悟り」が必要なのか、それをお聞きしにやって参りました。
  
【お助けマン】 こちらこそ、また来て頂き嬉しいです。それにしても北朝鮮のミサイル発射に対するご心配は図星だったですね。 いまごろ政府はあたふたしていますが、戦いになったら発射の通告なんてあるわけないので、日頃の防衛がいかに大事であるかということだと思います。 さて、今日は政治に「悟り」を取り戻そうということでしたね。
  
【Eさん】 はい、先回は「信仰」についてお伺いしましたので、今日は政治になぜ「悟り」が必要なのか、この説明をお願いいたします。

【お助けマン】 はい、分りました。それでは、これを考えてみたいと思います
 ところで、「悟り」が必要であるのは何も政治には限りません。例えば、経済にも悟りは必要ですし、教育、医学、科学、そして武道にも悟りは必要なのです。 ただ、今日は政治がテーマですので、政治の世界の話に限って考えてみたいと思います。
 
【Eさん】 はい、ありがとうございます。ところで、そもそも「悟り」とは何なのですか?

【お助けマン】 いやー、いきなり直球で来ましたね。それが完璧に答えられたら仏陀になれますよ。 もちろん、私はまだ修行中の身ですので、答えられる範囲でお答えしたいと思います。
 まず、第一に必要なこととして、この世だけでなく、あの世の世界があることを信じ、そして、あの世の世界の知識を持っていることがあげられます。

【Eさん】 うーん、でも政治ってこの世の世界のものですよね。ではなぜ、この世で行われる政治にあの世の知識が必要なのでしょうか?

【お助けマン】 それは、つまり、私たちの命はこの世限りのものではないと知ることによって人々の人生観が変わってくるからです。
 すなわち、人々がこの世限りであると思うからこそ、この世でさえ楽しければいいという無責任な人生を歩むことになってしまうのです。 つまり、人間が死んでも霊としてあの世に生き続け、生前の行いによってあの世で報いを受けるということを分っていたならば、人々の人生観は変らざるを得ません。
 従って、政治を行う人があの世を認める人生観を持っていたならば、必ずや政治が変わってきます。 例えば、死んだら何もかも終わりという人生観を持った人と、人生での思いや行いがあの世の世界を決めるという人生観を持った人とでは、 社会の価値観が異なってくるからです。すなわち、あの世を認める人たちは、努力して自己を伸ばすことや、他人のために尽くすような社会に全く違和感を持たないからです。

【Eさん】 なるほどね。そもそも政治家があの世を認めなければ、死んでから天国の世界に行けるような施策の立案やその実践なんかはできませんものね。
 では、その次の第二に必要なことは何ですか?

【お助けマン】 はい、第二に認識力があげられます。つまり、政治を行う人には認識力が高いことが必要とされるのです。
 例えば、今一番話題となっている原発の問題があります。もちろん放射能が危険であることに変わりはありませんが、 千年に一度の大震災で原発が事故を起したからと言って、それがなぜ「脱原発」や「卒原発」となるのでしょうか。 もし原発が危ないというなら、日航ジャンボ機が御巣鷹山に墜落した時点で、なぜ「脱飛行機」とはならなかったのでしょうか。 あるいは、自動車は毎日のように交通事故を起していますが、なぜ「脱自動車」とはならないのでしょうか。 ここで、原子力に対して色眼鏡で見るのを止めて、白紙でものごとを評価・判断する智慧が必要ではないでしょうか。
 先週、北海道で大嵐があって送電線の鉄塔が倒れ、停電となった地域の人々が、電気のありがたさが改めて分ったと言っていました。 原子力が怖いと言って、原発を止めて停電にしてしまったならば、さらに怖いことが起きます。 また、当然電気代も上がります。
 日本は、30数年前にオイルショックを味わい、それから原発を唯一の助け綱としてきたのではないのでしょうか。 世界で唯一の被爆国の日本が、断腸の思いでなした原発建設の判断をそんなに簡単に捨ててしまっていいのでしょうか。 やはり、政治には智慧が必要です。認識力が高くなければ、深く考えず表面的に判断してしまいます。 昨今の脱原発議論を聞いていますと、本当に大丈夫かと思ってしまうほど心配なのです。

【Eさん】 私も同感です。やはり政治に悟りがないから表面的な発想しか出てこないのですね。 やはり深くものごと考えて、智慧でもって対応することが大事だということですね。

【お助けマン】 はい、そのとおりです。先回は、政治には信仰が必要であることを述べました。 そして、今回は政治にあの世の知識と認識力が必要であると言いました。これらは悟りなのです。 つまり、政治に「信仰」と「悟り」が必要だということは、すなわち、政治に宗教が必要だということと同じ意味なのです。

【Eさん】 分り易い説明をありがとうございました。 政治にこそ宗教が必要であることが本当によく分りました。そうであるにも係わらず政教分離とは一体何でしょうか。
 これは、もう日本を骨抜きにするための陰謀であるとしか言いようがありません。 にもかかわらず、それを良しとする官僚や政治家がいることは、彼らが国の税金から給与をもらっているなら、 それこそ真っ先に事業仕分けの対象にならなくてはならない存在であると思いました。 今日も教えていただきありがとうございました。それでは今日はこれにて失礼します。

 と言ってEさんは帰られました。この議論を聞いていますと、何と日本という国は不思議な国だなという感じがしました。 なぜなら、国益にならないことを言ったり、国を滅ぼすことが正義だと思っている人の言論があっても、 誰も何も言わない国って本当に不思議な国だと思った次第です。  エル・カンターレに感謝。

(終わり)
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