「信仰」を「洗脳」と誤解する種村ブログ

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幸福の科学 真理問答

2012/09/15  

「信仰」を「洗脳」と誤解する種村ブログ

元ジャーナリストのAさんが、種村氏のブログに幸福の科学の信仰が洗脳であるかのように書いてあると言って、不思議に思って聞きに来られました。


以下は、そのときのAさんとの会話の内容です。

【Aさん】 いやね、種村ブログの中では、幸福の科学で信仰することが洗脳だというように書かれていたけど、これはどういうこと?

【お助けマン】 正しい信仰を洗脳と言っているんですか。これは、神を悪魔だと誤解して言っているのと同じですね。

【Aさん】 じゃ、なぜ、こんな全く逆の誤解をするんだ?分りやすく説明してくれる?
 
【お助けマン】 はい、分りました。まず、その「洗脳」という言葉から調べないといけないでしょうね。
 そもそも洗脳とは何か、「語源由来辞典」のサイトには次のように書かれています。

【意味】 洗脳とは、精神的・物理的な圧力によって、相手の主義・思想を根本的に変えること。
 【洗脳の語源・由来】洗脳は、英語「brainwashing」を直訳した語である。
 洗脳は肉体的な拷問によるものではないが、飢餓状態や睡眠不足などを利用して圧力を加え、思想(脳)を改造する(洗う)ことで、第二次大戦後の一時期、中国共産党がアメリカ人捕虜など共産主義者でない者に対して行った思想改造の教育方法のひとつをさした語であった。
 転じて、洗脳は主義や思想の改造に関する広い意味で用いられるようになった。』


 と、書かれています。 つまり、ここで重要なことは、「精神的・物理的な圧力によって」というところで、強制的にその人の主義や思想を変えることを言います。
 ですから、まず、幸福の科学における信仰が、強制されるものなのか否かということが検証されなければ洗脳だとは言えないということです。

【Aさん】 じゃ、あなたのところの入信するスタイルはどうなってるの?
 
【お助けマン】 入会と退会は自由ですし、また仏弟子となって心の修行をして行くことを誓う「三帰誓願」は、自分の意思にて「仏・法・僧の三宝に帰依します」と自分の口から言わなければ、成立しません。
 また、教えや組織運営に対しても本人の納得性が重んじられています。ですから、自分の意思が尊重されるので強制はまったくありません。

【Aさん】 それじゃ自由だね。強制される洗脳とはまったく違うね。
 
【お助けマン】 そうです。なぜなら、信仰は「内心の自由」に基づくものだからです。
 また、他の教団では、自分の教団から発行している書籍以外は読んではいけないというところもあるようですが、幸福の科学では、むしろ、多くの色んなジャンルの書物を読むことを強く勧められています。大川総裁は、1000冊の本は読みなさいと常に言われています。 つまり、教団の発行する書籍以外にも良書があれば、どんどん読みなさいということなのです。
 これは、それだけ真理の書籍の内容に自信があるということでもあります。

【Aさん】 分った。でも不思議なんだ。では、なぜ彼らは幸福の科学の信仰が洗脳だというのかね。それが分らないんだ。

【お助けマン】 まあ、哀れという他ないでしょう。彼らも、当初は、自分の自由意思で入会し、三帰誓願を喜びの中で行ってきました。 また、再誕の仏陀、大川総裁とめぐり会えたことに非常に魂の喜びを感じた人たちでもありました。また、出家までして職員となった人たちもいます。それはそれは、喜びも大きかったことと思います。
 しかしながら、これは修行につきものですが、後なる者が先になり、先なる者が後になるという言葉どおり、後輩たちに抜かれて行ったのです。
 人間、誰しも心に弱いところがあるでしょう。例えば、自分が満たされないときに、他人が事業に失敗したり、あるいは、他人が解雇やリストラされたりすると安心する心があると思います。それは祝福ができない心です。
 それで、彼らは、まじめに精進している人たちを、ある意味で許せないでいるのです。自分たちがこれだけ苦しい目に会っているのに、まだ真理の修行を続けられるとは許せない。 そう思って、道づれにしようと盛んに信仰を失わせるような言動をとっているのです。ですから、大川総裁のことを偽仏陀だとか言ってみたり、信仰を洗脳だと言ってみたり、盛んに自分と同じ退転者を増やそうとしているのです。 もし、彼らが現在充分に満たされて、幸福に生活しているならそういうことはしないでしょう。
 でも、本当は自分が一番やりたかったことなのです。自分が一番修行して悟りたかったのです。しかし、退転してしまったので、せめて他の修行者も仲間に入れて退転させて、それで、自分の安心感を得ようとしているのです。 ですから、人が悟ったり成功したりするところを見るのが一番つらいのです。だから、正しい信仰をその全く逆の洗脳だと言っているのです。
  
【Aさん】 いやー、あなた心理学者になれるんじゃないの。多分、それが図星だろうね。自分では正義ぶっていても、もうお見通しということか。仏の目から逃れることはできないものね。
 
 
【お助けマン】 大川総裁は、むしろ洗脳されることや盲目的になることを非常に戒めておられます。
 左のカバー絵の『大悟の法』第1章「敵は自分の内にあり」67ページの中で、アングリマーラが、自分の先生から千人の人を殺せば悟れると言われて、 そのまま指示どおりに人殺しを続けることが本当に悟りと言えるのか、これに対して盲従的になることを非常に戒めておられます。その部分を朗読します。

 アングリマーラの例で言うと、彼は先生に「千人の人を殺せば悟れる」と言われたので、それを実行しようとしましたが、正しい真理の知識を持っていれば、 「千人の人を殺して、悟れるわけがない」ということは、理論的に分るはずです。
 ところが、彼のように、何も考えずに、上の人の命令をそのとおり実行しているだけの人が、幾らでもいるのです。
 アングリマーラが智慧を持っていたならば、「千人の人を殺して悟れるわけがない。それで悟れるのならば、そういう意味での”悟り”から、私はむしろ遠ざかりたいものだ」と考えたでしょう。

 と、あります。
 つまり、幸福の科学は智慧を重んじるが故に、正しい真理を知っているならば、自分が主体的に判断して行動をしていきなさいという教えです。従って、オウム教のように尊師が「ポア」しろと言ったからしましたということには絶対になりえないし、 ましてや洗脳からは、まったく対極にあるということがいえるのです。

【Aさん】 いやー! またよく分ったよ。自分たちの退転を正当化するために「洗脳が解かれた」と言って幸福の科学を邪教に仕立て上げたんだ。でも真実は、その逆だったんだ。よく分ったよ。本当に自分中心に考えるようになったら終わりだね。
では、今日はこれで帰るよ。

と言って、Aさんは帰られました。結局、彼らは退会したことでもって「洗脳」が解かれたと、もっともらしいことを言っていますが、何のことはない、彼らは単に信仰を無くしただけのことです。 ついていけなくて落伍しましたとは、かっこうが悪くて言えないので、洗脳が解かれたと言っているだけのことでした。そして、それだけに止まればいいのですが、自分だけではさみしいので信仰を無くす仲間をつのっているということでしょうか。
 本日も色々とお助けマンが解説してくれましたが、本当に自我を捨てて、素直なこころで謙虚にならなければ危ないと思った次第です。 仏陀に感謝。

(終わり)
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