大川総裁の著書900冊の違いが分からないとは

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幸福の科学 真理問答

2012/08/21  

大川総裁の著書900冊の違いが分からないとは?

私の友人で元ジャーナリストのAさんが、インターネットのサイトを検索して、また分からないことがあったと言ってやって来られました。
 何でも、大川総裁が書かれた900冊の書籍の内容がみな同じだという書き込みがあったようなのです。

以下は、そのときのAさんとの会話の内容です。

【Aさん】 また来たよ。いやね、先日、インターネットの検索をしていたら、大川総裁の本は900冊あると言うことなんだが、内容がみな同じではないかと言う書き込みがあったんだ。それで聞きに来たのだよ。 ・・・それでお願いがあるんだけど、今日は短めに答えてもらえないかね。

【お助けマン】 あぁ、すみません。どうも会話に熱が入ってくると、つい長くなっちゃって・・・。これから気をつけますね。

【Aさん】 それでだ。不思議なのは、僕だってそれほど勉強してる訳じゃないけど、読んだ本がみな同じだなんて思わないよ。何でみな同じと思う人がいるんだろうね?

【お助けマン】 はい、それは、真理の書籍に限らず、どのような分野においても起きることと思います。例えば、音楽の世界を例にとって考えれば、その理由が分かると思いますよ。

【Aさん】 音楽? ピンとこないけど、それはどういうこと?

【お助けマン】 ところで、Aさんが好きな音楽のジャンルは何ですか?
 
【Aさん】 それは、ジャズだよ。それもモダン・ジャズでね、学生のころからジャズ喫茶によく通っていたんだ。
 
【お助けマン】 じゃ、少しイントロのところを聞くと、その曲名や奏者が分かりますか?

【Aさん】 もちろんだよ。これでもジャズ評論家になろうと思ったことがあるんだから!
    
【お助けマンん】 それは失礼しました。では、聞きますが、Aさんはアルゼンチン・タンゴに詳しいですか。
    
【Aさん】 いやー、それはさっぱり分からないんだ。メロディーを聴いてタンゴの音楽であることぐらいは分かるんだけど、みな同じ曲に聞こえるんだ。

【お助けマン】 そこですよ。人は、自分が好きでよく勉強している分野ではその違いが分かるのですが、そうでない分野では、たとえ、種類の違いが何千何万とあったとしても、みな同じに聞こえたり思えたりするのです。
 私が聞いたところでは、外人が日本の演歌を聞いたら、みな同じ曲に聞こえるらしいですよ。何千と色々な演歌の曲があるのに、その違いが分からないのだそうです。
     
【Aさん】 えー、そうなの。都はるみの「北の宿から」と、森進一の「おふくろさん」を同じだと言ったら、絶対に演歌好きの人から怒られるよ。

【お助けマン】 私が、何がいいたいのか、これは真理の書籍についても同じと言うことを言いたいのです。『太陽の法』『黄金の法』『永遠の法』・・・その他、個性的な霊言の数々、これらがみな同じと言うなら、「北の宿から」と「おふくろさん」が同じだと言っているのと同じになります。
   
【Aさん】 そうか。勉強していなければ、みな同じと思ってしまうのか。

【お助けマン】 そうです。勉強していなければ、音楽でも真理の書籍でも、その違いが分からないということです。実は、違いが分かることが智慧の始まりとも言われています。ですから、違いが分からないとは、自分が悟っていないと言っているのと同じことなのです。
 特に、心の教えではその傾向が顕著になると思います。心の教えがまったく分からない宗教学者もいるのです。
 ご存知と思いますが、かつてオウム教と幸福の科学が、「朝まで生テレビ」に出演してディベートをしたことがありましたが、宗教学者で元大学教授の島田裕己氏は、オウム教のことを、「仏教の伝統を正しく受け継いでいる真摯な教団である」と言っていたのです。
 ところが、そのときオウム教のほうは、ウソのつき放題で、勢いがあるように見えただけだったのです。一方、幸福の科学は、仏法真理に添って、真実のみを答えていたので、分からない人からは不利と見えたのではないでしょうか。
 どちらが正しかったのか、宗教の正邪はその果実を見れば分かります。オウム教の果実が一体何であったのか。それは、現在では明らかです。それをその時点で分からなかった宗教学者の言葉を信じた人も居たということです。
 もしかすれば、今、20年前と同じことが起きようとしているのかも知れません。ウソと真実とでは、真実のほうが一時劣勢に見えることがあります。下劣週刊誌のウソ記事や、ブラック・サイトのウソ書き込みを信じたならば、オウム事件での教訓が活かされません。しかしながら、真実は真実です。また、それは決して死なない。真実は必ず、明らかになるという宇宙の法則があるということを歴史から学ばなければ、オウム事件で犠牲になられた方も浮かばれません。
 
【Aさん】 いやー。よく分かった。900冊の本がみな同じではなくて、それを言う前に、同じ曲に聞こえてしまう自分の感覚のほうがおかしいのではないかと、自らを先に点検しないといけないんだ。なるほどね。・・・今日もいい勉強になったよ。ありがとう。じゃ、これで帰るよ。

と言って、Aさんは帰られました。過去、宗教学者が間違った判断をして、その後、 オウム教がどうなったのか。 その当時、幸福の科学が警察にオウム教を捜査してもらえるようにデモをした結果、上九一色村のサティアンに強制捜査が入りました。歴史は繰り返すとよく言いますが、今、また世の中は、同じ過ちを犯すような状況に近づいているようにも思えます。
 下劣週刊誌やブラック・サイトにおけるウソの放置が、その後重大な結果を招くことを、今こそ歴史から学ぶべきであると思う次第です。 
仏陀に感謝。
 
(終わり)
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