「彼らは、何をしているのか自分で分からないのです」とは

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幸福の科学 真理問答

2012/08/04  

「彼らは、何をしているのか自分で分からないのです」とは

久しぶりに、私の友人で、元ジャーナリストのAさんが、質問があると言ってやって来られました。Aさんは、昔、ジャーナリストとして宗教を勉強されたこともある方です。


以下は、そのときのAさんとの会話の内容です。

【Aさん】 また分からないことがあってやってきました。
 実はね、イエスさまが十字架にかかられて、もう絶命しかかっておられるときに、「父よ。彼らをお赦(ゆる)しください。彼らは、何をしているのか自分で分からないのです。」とおっしゃったということが、聖書のルカの福音書23章34節に書かれているんだけど、どうも、今ひとつ意味が分からないんだよね。あなたのところは、仏教がベースになっているとのことだけど、聞いてもいいかね。

【お助けマン】 おっしゃるとおり、うちの団体は再誕の仏陀である大川総裁を信仰する団体ですから、仏教をベースにしていることは間違いありません。
 しかし、大川総裁は、主エル・カンターレと呼ばれる存在でもあって、イエスさまが、我が父と呼ばれていた方でもありますので、イエスさまとは非常に関係が深いのです。

【Aさん】 じゃ、申し訳ないけど、どういうお気持ちでイエスさまは、自分を迫害している彼らのために、父である主エル・カンターレに祈られたのか、教えてもらえるかね。

【お助けマン】 イエスさまのお気持ちなど、私の立場で分かるはずもありませんが、もし、私の個人的な感想で良ければ、お話しはできるかと思います。

【Aさん】 それでいいよ。僕も、あなたから聴いたことを自分の理解の参考にしたいだけなので、あなたの感想レベルでいいよ。

【お助けマン】 はい、分かりました。では、率直に言わせていただきますが、イエスさまは、もちろん、ご自分が救世主であることをご存知でした。そして、その救世主を迫害し、屠(ほふ)るということが、個人や国にとって、一体どれだけの重い罪であるのかもご存知でした。しかしながら、イエスさまを迫害している当の本人たちは、その罪の大きさを知らなかったのです。そこで、イエスさまは、無知な彼らのために、その罪から来る膨大な反作用から出来るだけ赦されるように、主エル・カンターレにお願いされたのだと思います。
 
【Aさん】 それは、どういうこと?

【お助けマン】 もちろん、イエスさまも九次元大霊のお方ですので、仏陀と同じように三世(過去、現在、未来)を見通すお力があったはずです。おそらく、絶命しかかったその時点で、兵士やユダヤ民族の未来が見えたのかも知れません。
    
【Aさん】 未来が見えたというのは、つまり、ユダヤの民は、西暦73年にマサダの砦で、2人の女性と5人の子供を残して全員が自決したよね。そのあと、ユダヤの民は二千年の間、国なしの流浪の民となり迫害を受け続け、そのあげくに、第二次世界大戦時に、ホロコースト(大量虐殺)の目に遭うということが見えたと言うことかね?

【お助けマン】 おそらく、そうだと思います。それで、その未来があまりにも悲惨なものであるが故に、イエスさまは、原因と結果の法則からいけば仕方のないことだが、彼らは、自分が今していることの重大性を知らないので許して欲しいと、父なる主エル・カンターレに懇願されたのではないかと思います。
    
【Aさん】 でも、その後、現実に悲惨な運命になったことを見ると、その願いを父なる主エル・カンターレは、聴かれなかったということになるんじゃないの。

【お助けマン】 そうだと思います。おそらく、この真実の世界には、許してもいいことと、許してはならないことがあるのだと思います。仏陀や救世主を批判したり、冒涜したり、ましてや殺(あや)めることは、絶対に許されないことだと私は理解しています。
 だから、主エル・カンターレは、愛の根源であり、かつ、慈悲の根源でもあるけれども、仏陀や救世主を冒涜する罪に対しては、絶対に許さないということだと思います。それが、『仏説・降魔経』にもしっかりと、「許すまじ」と言う言葉に現れている証拠だと思います。すなわち、許す愛にも例外があるのだということです。
    
【Aさん】 なるほどね。悪いことにも色々あるけど、決してケンカを認めるわけじゃないけど、まだケンカで相手を殺(や)ってしまったということのほうが、罪が軽いということか・・・。

【お助けマン】 そうです。だから、和合僧破壊などの分派活動を行ったり、あるいは、修行者の信仰心を揺らせたり、仏陀や救世主を批判するようなことがあれば、それは、核爆弾を落とすことよりも悪いことだと言われているのです。
 
【Aさん】 いやー、怖いねー。知らないということは・・・。
 
【お助けマン】 だから、仏教では、知らないことは「罪だ」とまで言われているのです。現在のこの世の中では、知らないことで逮捕されることはありませんが、真実の世界においては、知らないと言うことは、罪を犯していることと同じということです。
 ですから、知らなかったということでは済まされないのです。これは厳しいです。
 
【Aさん】 分かった。そうなると、イエスさまを屠(ほふ)っただけで、民族全体が、二千年間の苦しみの中に置かれるぐらいだから、もし、イエスさまの父である主エル・カンターレ大川総裁を、批判したり傷つけたらどうなるかね。

【お助けマン】 うーん。私も、そこのところは想像すらできないので分かりませんが、はっきりと言えることは、イエスさまのときの比ではないということだけは言えると思います。100倍か1000倍かは分かりませんが、それだけの大きな反作用が来ると思います。しかし、これも法則なのです。
 
【Aさん】 それは、大変なことだね。今、批判している週刊誌や、ブラックサイトの書き込み者たちに、しっかりと伝えないといけないね!
 あなたがたは知らないとは言え、今、大変なことをやっているのだと・・・。
 国が無くなるようなことを平気でやっているのだと・・・。
 
【お助けマン】 そうです。だから、以前から大川総裁は警告をされているのです。
知らなかったとは言わせないと書店には、大川総裁の著書が溢れていますし、講演会も、1700回を超えています。
ここで、会内経典の『仏説・降魔経』を、少し読んでみます。

『正義の言葉 「仏説・降魔経」』
  仏法 流布を 妨ぐる
  悪魔は これを 許すまじ
  仏・法・僧への 中傷は
  極悪 非道の 所業なり
  もはや 人間として 生まれるは
  これが 最後と 悟るべし
  この世の いかなる 大罪も
  三宝 誹謗に 如(し)くはなし
  和合僧 破壊の 罪は
  阿鼻叫喚 堕地獄への道
  避け難し
  --(略)--
  これより後
  如来の 法を 妨ぐる
  悪は この世に 許すまじ
  降魔の 剣を 振りおろし
  最後の 悪を 打ち砕かん

 この経文は真実です。もう、二度と人間としては生まれられないのです。「仏に偽りなし」と言う言葉があるように、単なる説ではなく、これが現実だということです。

【Aさん】 ところで、大川総裁は、海外では、すでに仏陀再誕と救世主であることが認められたということなんだが、肝心の日本は、いまだにマスコミは、無視し続けているとのことだね。
 
【お助けマン】 そうです。だから、天照大神さまの警告として『天照大神のお怒りについて』という本も出されています。
 
【Aさん】 今までの説明で、仏陀や救世主を冒涜した人間が、死んだあとどうなるかは分かったけど、じゃ、その人間が生きている間はどうなの?

【お助けマン】 生きている間でも苦痛がやって来るでしょうね。イエスさまを裏切ったユダは、ご存知のように柿の木で首をつって死にました。イエスさまを死刑にした総統ピラトは、失政によって5~6年後にローマに呼び戻されたが、その後は消息不明、その当時の皇帝は急死。と言うように、国や民族レベルだけでなく、個人においても大きな反作用が起きています。記録には残っていませんが、イエスさまに罵声を浴びさせた群衆についても、おそらく同じことが言えると思います。

【Aさん】 じゃ、今回はどうなるの?

【お助けマン】 主を批判するなど人類史上初めてことですので前例がありませんが、法則から言えば、おそらく、個人においてもイエスさまを迫害したとき以上の反作用が現れることが予想されます。

【Aさん】 それじゃ分からないよ。もっと具体的に言ってくれる。

【お助けマン】 おそらく、個人的にも苦難の人生になることが予想されます。つまり、人生の3大苦である貧・病・争の苦しみが、次々にやってくるのではないかという心配があります。つまり、経済的に困り、病気になり、また争いごとにも巻き込まれるという苦しみが来るかも知れません。 これは、誰が悪いということではなく、原因と結果の法則どおりに現れるということと思います。
 だから、早く気づかないといけないのです。表現はまずいですが、批判する相手がまずかったということです。よりによって主を批判するなんて、自殺行為そのものだということと思います。
 
【Aさん】 いやー、よーく分かったよ。知らないということが、いかに重い罪であるかが分かったよ。主を批判するぐらいなら、田舎で大根を抜いてのんびりと過ごしたほうがいいということだね。
 今日は、本当にありがとう。いい勉強になったよ。じゃ、これで帰るね。
       
と言って、Aさんは帰られました。お助けマンが言ったたことは、おそらく、そう外れていることではないと思います。この問答を無視することも自由ですが、私は、遠慮したいと思います。なぜなら、意地を通して、大丈夫と言って焼け火箸(ひばし)を素手で握ったら、大やけどして苦しむのは自分ですから・・・。
 
(終わり)
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